遍路の記憶
思い出したことがあるので書いてみます。
ちょこっと四国遍路をした日のこと。
徳島の某所を歩いていると、ナビに従っているはずなのに、なんだか少し妙なところに出てしまいました。竹藪のような場所で夫とわたし以外には誰も歩いていません。が、黄色い蝶々が先導するようにひらひらと舞っていて、導かれるように進みました。「人のいない時間帯なのかな?」と思いつつ、夫とともに歩きます。
道はこんもりとした小さな山を抜けるような形になっていました。わたしは不動真言を唱えながら歩くのが好きで、このときも自然と口をついて出ていました。周りに誰もいないこともあり、安心して唱えながら進みます。
しかし、暑さと坂道からくる息切れでフラフラになってきました。
すると映像が浮かび上がりました。
長い錫杖のようなものを持った行者姿の“おじさん”の自分が、月明かりのもと、夜道を歩いているのです。頼れる光は、空に浮かぶほぼ満月の月。周囲は竹藪に囲まれ、わたしは誰かと一緒に歩いているような(正確にはやや右上あたりに)気配を感じていました。「ん?お大師さまかな。本当にいらっしゃるのだな、、」なんて、なんとなく思いながら、その存在と月明かりの美しさに励まされるように歩き続けます。
虫の音が心地よく響き、秋の気配を感じました。
意識が戻ると、そこは暑い真っ昼間の竹藪。
黄色い蝶々の姿はもうどこにも見当たりませんでした。
遠くの方に夫が歩いているのが見えます。なんか歌を歌っている、、、笑
—
不思議なことはあるものです。
わたしは過去にもお遍路をしたことがあったのかもしれないな。
そんなことを思いながら、次のお寺へと足を運びました。
またぜひ四国遍路に行きたいですね。

やられたら般若心経
何の気力も出ず、頭もぼんやりして、ただ時間だけが過ぎていく。そんな日が続くと、さすがにおかしいなと思うものです。
朝からだるさが抜けず、頭痛までして何も手につかない状態でした。それがもう3日も4日も続いている。読経もしづらい。身体を起こしていられない。仕方ない。横になるか、、、。そう思いつつも、思い立ってYouTubeの般若心経を聞いてみることにしました。
静かに流れる読経を耳にしながらじっとしていると、次第に心が落ち着いていくのがわかります。小1時間ほど経ったころには、あれほど重かった身体がすっかり軽くなり、気がつけば掃除をし、洗濯をし、おかずを何品も作っていました。まるで別人のような回復ぶりです。
こうしたことが何度かあると、般若心経には何かあると思わずにはいられません。
心や気の流れが整う?
悪いものが去る?
悪霊退散?
不調を感じたときは無理に動こうとせず、まずは心を整えること。それが回復への近道になることもあります。般若心経は変な体調不良によく効くようです。

イライラしそうになったら
成田空港へ戻る電車の中、目の前には大声で話す若い外国人男性二人組がいました。
もしかすると大声を出さなければ聞こえなかったのかもしれませんが、どうしてもそうとは見えず、、。多分習慣なのでしょう。自己中心的な振る舞いに思えました。静かな電車内の他の乗客たちは白けていましたが、かといって誰も注意をしようとはしません。
良くないな。でも、わたしが注意するのも変かもしれないし、あと少しで降りるしな、、と思いながら過ごしていると、
突然右側から
” 唱えよ ” という声がテレパシーでやってきました。
え、何を? と戸惑っていると、再び ” 唱えよ ” と。
その瞬間、成田山新勝寺で唱えた不動真言の大合唱が頭の中に響き渡りました。
あ、これか!
心の中で真言を唱え始めました。すると不思議と心が落ち着いてきます。
のーまくさんまんだーばーざらだんせんだー……
唱えていると、
” 我と一体… ” という言葉が再び右耳にやってきました。
心の中で唱え続けていると、いつの間にか目の前の二人の声が気にならなくなり、穏やかな気持ちになりました。
こんなに心が落ち着き、平穏に戻れるとは驚きです。
素晴らしいことを教えてもらいました。これからは、イライラしそうな出来事に遭遇したら、心の中でお不動さまの真言を繰り返し唱えてみようと思います。
お不動さまってすごい!
” 魔を切る “ってそういう意味もあったんだと学びになりました。
幸せになるには
先日、友人とランチに行ったときのこと。最近、彼女はプライベートで色々と大変なことがあったからなのか、会話の大半が愚痴と自慢と人の噂話でした。少し落ち着いたかなと思ったのでお誘いを承諾したわけでしたが、、、。多少は仕方がないと思いつつ、あまりにも怒涛の勢いで話されるので、解放された瞬間にはどっと疲れが襲ってきました。
帰り際に「またすぐにでも遊ぼう!」と言われ、インスタにも「すごく楽しかった♡」と書いてくれていましたが、こちらの気持ちはうーんという感じでした。
そんなことがあったからでしょうか。こんな映像がみえました。
——
今日の一場面
声は聞こえないが、彼女が愚痴を言っている。
聞いているわたし。
その様子を少し手前の上から眺めるような視点。
“だから幸せにはなれない”
“良きものにフォーカスせよ”
——
言葉はテレパシーのような形でやってきました。
確かに、誰にでも生活の中で愚痴が出ることはあると思います。しかし、同じ愚痴を何度も聞かされるとさすがに辛いものがあります。色んな他の人にも同じ話をしているのか、誰に何を話したのかも覚えていない様子。これほど愚痴が常習化しているのはどうなのだろうと思いました。
テレパシーのような声に納得し、残念ですが、今後は彼女との付き合いに少し距離を取ろうと決めました。
プライベートの時間は、仕事上の付き合いとは違い、会った後に「楽しかったな」「良い刺激を受けたな」と思える友人と過ごしたいものです。
嫌なこともあるけれど、良いことだって沢山ある。
幸せになるには、悪いことよりも良いことに敏感になることが大切なのかもしれない。
良きものにフォーカスしていきましょう。
護摩中に言われたこと

護摩の最中、お経は早送りのように高速で唱えられていました。わたしには般若心経くらいしかついていけません。
お経をあまり詳しくないので、何となく理趣経かな?と思いながら手を合わせていました。しばらくすると、不動経らしきものを唱えはじめたのですが、やはり高速なのでうろ覚えのわたしにはついていくことができません。ただ手を合わせていました。
すると、
“覚えておらぬのか”
とテレパシーのような声が左耳にやってきました。
声が聞こえた時は、次のお経になっていたのでどちらについて言われたかはわかりません。でも、なんとなく失望されたような気がして、少し気まずい気持ちになりました。
護摩が終わった後、気になってお坊さまに「不動経の次に唱えられていたお経はなんですか?」と質問すると、お坊さまは不思議そうな顔をされながらも「三十六童子です」と教えてくれました。
聞いたことないですわ〜、、、😂
しかし、手持ちの勤行本を確認してみると、不動経の次にしっかりと南無三十六童子と書かれていました。今まで完全に見過ごしていたようです。
どちらのお経について言われたのかはわかりませんが、三十六童子もとても良いように思ったので、これをきっかけに家で唱えるお経の仲間入りをしました。
ということで、お不動さま好きな方は不動経の他に三十六童子もお唱えすると良いかもしれません。わたしも両方のお経を覚えられるように、日々コツコツと唱えていこうと思います。
修験者からの度重なる連絡に困惑
以前の記事:https://prayer.hatenadiary.com/entry/2024/10/07/052303
数ヶ月前からある修験者の方よりご連絡をいただいていますが、私としてはその方と一緒に修行をしたいと考えたこともなく、特に弟子入りなども希望したことはありませんでした。もともと、教えてあげるからと一方的に連絡をもらい、最初はよくわからずにありがたいと思い個人の連絡先を伝えてしまったのですが、どうやらその方は自分がすごいと思われたいようで、私のアメブロを読んでからの色々なアドバイス?一方的なお叱りをされる度に少し引いてしまうことが多くなっていました。
特に驚いたのは、あなたは修行しないと死んでしまうとか、あなたの運命は行者として生きるものだ、などと書かれていて、さらには「私の言葉はお不動様や薬師如来様からの言葉だ」と言われたことです。どう対応したらよいのか困惑してしまいました。
最後には、「あまり脅かさないでください。怖くなってしまいます」とLINEでお伝えしたのですが、さらに「非常に大切なことです。必ず最後まで読んでください」としつこくメッセージが続き、極めつけには「餓鬼はお前自身かお前の先祖だ。餓鬼に取り憑かれるのはお前自身に問題がある。先祖供養が足りないのも原因だ」「早く修行をはじめないと大変危険です」などと、怖がらせるような言葉が多くなり、不安が大きくなってしまいました。うまくコミュニケーションが取れない相手のようで、これ以上心を乱されたくなかったので、LINEもメールも仕方なくブロックしました。
ところが、それでもアメブロのメッセージ機能を使って再び連絡が来てしまい、本当にどうしたものかと頭を抱えています。こういう方ですと物理的にはブロックできても何か飛ばされてきそうで怖いです、、、。
再度成田山新勝寺の護摩へ

日本旅行最終日、夫が早く出て新勝寺に行こうと言ってくれたので、思いがけず再度成田山新勝寺へお参りに行くことができました。
ホテルを7時にはチェックアウトして、横浜ycatから高速バスで成田へ。空港のロッカーにスーツケースを預けてお寺に向かいます。
護摩堂へ。
前回とは違う方が護摩をされていました。
リンリーンと鈴が鳴ると、何度か目の鈴で、
—
足 黒い
裾 衣
右から左へやってきて
中央で止まる
—
こんなものがみえました。
真っ黒い足をみて、お不動さまだ〜と思いました。
足もとがかなりはっきりと視えたのですが、足指が日本人のじゃないんです。何と言えばいいかわかりませんが日本人の足の形の特徴3種類のどれとも違う。横幅も太いし、足の指の感じもちがう。ぷっくりしてるというか、、、。それから青黒ではなく漆黒にちかいほどの暗い色の皮膚でした。
やっぱり鈴はお不動さまを呼ぶ合図のようです。
—
ところで、新勝寺のお経は唱えるスピードが早すぎて、般若心経くらいしかついていけませんでした。
高速のお経を手を合わせてただひたすらに耳を澄まします。
—
最後、これで終わりだなというところがあるのですが、そのあたりでまたみえるものがありました。
——
真ん中から左の奥へと光る道が続く
後ろ姿
足元
裾 衣
黒い
—
美術館とかでみるような宗教画のような美しい光の道が真ん中から左上の方まで続いていき、その道を黒い足元がゆっくりと戻っていかれるのです。
わたしには衣の裾あたりと足元しか視えなかったのですが、ストーリーがあるようで感動しました。
お不動さまは鈴の音でやってこられて、光の道を帰っていきました。
—
護摩ってされる方によって全然違いますね。
霊能力のある方は前回の方でしょうけれど、こちらの方の護摩でもバッチリお不動さまはこられていて、修法をきちんとすればやってこられるように?またシステムが発動するようになっているのかな?なんて感想を持ちました。
それから悪いものがお不動さまの炎に全部焼いてもらえると、残るのはただただ幸せな感情であることに気づきました。いやあ〜護摩って面白い!
足元だけでもお不動さまを視ることができて嬉しかったし、日本旅行最後の締めに新勝寺にまたお参りできて良かったです。
いつかわたしも護摩を焚いてみたい〜🔥
良いお参りになりました〜。
意外なパワースポット
日本旅行の番外編です。
これもある意味パワースポット的なのかも?と思った場所がありました。
それは週末のケーキ屋さん!
大阪駅付近で、都会だからか人の多さなのか、だるさで動けなくなってしまいました。夫に「君の好きなケーキ屋さんがあるみたいだからいこう」と励まされてなんとか移動。(夫は甘党。自分が行きたかったのかも。笑)
こちらはそれどころではなかったものの、なんとか着くと、そこには列が、、並んでまではなあ、、と思ったのですが、座って待つことができたのでそのまま待つことになりました。
お店に入って、ケーキとノンカフェインのコーヒーを注文。クレープの間に色々なフルーツが入っているケーキを食べて幸せ〜と思いながら食べていました。
すると、右の前の方から小さいピンク色の玉のようなものがぴょんぴょん飛び出している感じがしたので、ちらっと見てみると女性がケーキを食べながら嬉しそうな顔をしていました。
左の前方からもぴょんぴょんと白い玉のようなものが、、
見ると、おじさま(後ろ姿)から美味しい〜幸せ〜と隠しきれないものが飛び出していました。声も聞こえないし表情も見えないけれど、オーラ?は隠せませんね。ふふ
気づくと色々な場所からピンクや白の何かがぴょんぴょんと飛びまくっていることに気づきました。(みえたというか感じたというか、、)
美味しいケーキに、楽しい会話、人々の笑顔、、
こういう幸せな空間に自分が身をおくと、自然とこちらも幸せで満ち足りた気持ちになれるようです。
遠くのパワースポットもいいけれど、身近なところで甘いものが好きなら活気のあるケーキ屋さんでお茶するのもいいのかも!と思いました。
お店を出る頃にはだいぶ元気に戻れたので、帰りの御所方面まで向かう足取りは軽やかになりました。

また食べたい〜
比叡山の天狗さん
最近、千日回峰行に関連する動画を何度も観ています。観るたびに新たな気づきがあり、「最後はこうした方がいいんだな」と理解が深まったり、ただただその偉大さに感動することもあります。不思議なことに、とても強く惹かれてしまうのです。
昨夜もまた、同じ方の動画を観てから寝たのですが、夢うつつ(変性意識)の中で奇妙な体験をしました。
その方が山の中を手前に向かって歩いているシーンがあり、なぜか大きな天狗が5、6回も現れたのです。比叡山に天狗のイメージがなかったので「え?本当に天狗?」と驚きましたが、見た目からしてどう見ても天狗でした。
不思議だったのは、その天狗が繰り返し出てくること。何度か夢の中で半覚醒状態になった後も、再び同じ天狗が出てきました。言葉は発しなかったので、その意味は全くわかりませんが、天狗は優しい慈愛に満ちた眼差しをしていました。そして、背丈ほどもある白っぽい大きな羽を持ち、まるで天使のような神々しい存在感を放っていました。周囲がキラキラと輝いていたような印象も残っています。
今まで見た天狗とは全く違う姿でした。普段の天狗は、羽があるかどうかもわからないほど小さなものに感じていましたが、今回は大きく美しい羽を持っていたのです。ミカエルや天使のようにも見えたけれど、キリスト教ではないので不思議な感覚でした。
この方が回峰行中に山中で見守っていた天狗なのか、それとも亡くなった後に天狗になったのかはわかりませんが、天使のような天狗を見るのは初めてで、非常に嬉しく思いました。この阿闍梨さんが亡くなってからまだ20年とか30年はしていないと思うので、まだ転生の時期ではないかもしれませんが、偉大な行いをされた方なので、飛び級のようなことがあったのかもしれません。
とにかく、この体験から「天狗は実在する!」と感じました。比叡山には、慈愛に満ちた美しい天狗がいるのかもしれません。そして、もしかすると亡くなった阿闍梨さんが天狗として現れているのかも?と考えています。
次回日本に行くときは、比叡山の山中を少しでも歩いてみたいと思います。

関西のお寺で
関西のあるお寺にて
そこは複数のお堂があるうちの一つで、外からお参りをすると中に入れるようになっていました。お堂の中はまるで展覧室のようで、順路に沿って仏様が一周ぐるりと並べられています。一般の人が自由に見て回れるようになっており、仏像の魂は抜かれているのかもれないけれど、わかる真言を唱えたり、気になる仏様に手を合わせたりして楽しんでいました。
美しい仏像の造りに感心しながら、「一体欲しいなぁ」なんて冗談めかして思うこともありました。
そうして進んでいくと、お不動様がいらっしゃったので、お賽銭を入れてご挨拶し、真言を唱えました。さらに進むと、もう一体のお不動様がいらっしゃいました。再びお賽銭を入れてご挨拶をしようとしたその瞬間、ふと目に入ったのが、お不動様の右側にいるお使えの像でした。
その像が、まるで3D映像のようにビヨーンとこちらに飛び出してきたのです。
「ん?」と驚きましたが、自分のすぐ右後方にはお土産物や縁起物を売っている方がいらっしゃったので、変に思われたくありません。だから、驚いて尻餅をつくなんてこともなく、心を落ち着けて「こういうことには慣れてるんだよ」と、右側のお使えを見つめて微笑んでみせました。
気を取り直して、お賽銭を入れ、再びご挨拶し、お不動様の真言を唱えました。不思議な体験でしたが、特に怖さもなく、悪い感じも受けませんでした。むしろ「お使えの像が暇だったので、ちょっと遊んでみたのかも?」と思えるほどでした。訪れたのが暑い平日だったので、参拝客もほとんどいなかったのです。
「もしかして何か入ってしまったのか、それとも魂はそれぞれに宿っているのか?(お賽銭箱あったし)」と考えましたが、よくわかりません。以前、私の住むカナダの町にある中華寺で、明らかに「何か違うものが入っている」という仏像を見たことがありますが、それとは違う感覚でした。不思議な体験ではあったものの、少しエンタメ感があって楽しんでしまいました(笑)。
もしかすると、あのお使えの方はイタズラ好きなのかもしれません。でも、怒られるかもしれないので、お寺の名前は伏せておきますね。とはいえ、怖くはなかったので、悪いものではなさそうです。「まぁ、いっか」という感じで、今も心に残っています。
お不動様の脇にいるお使えの方は、平日は少し暇そうでした。もっと多くの参拝者が訪れたら、きっと喜ばれるでしょう。
ジョセフ・ティティルさんからのアドバイス
少し前にアメリカ人のサイキック、ジョセフ・ティティルさんに質問をしたら、数日後になんとYouTubeの動画内で答えてくれたことがありました。
質問したことは、数年前からあなたほどではないが、ほんの少し自分もみえたり聞こえたりするようになったようだ。嬉しくもあるが、悪いものが当たってしまうと戸惑いもあるし怖くもある。こういう人達に対して、なんでも良いので機会があったらアドバイスいただけませんか。という感じでした。
彼曰く、生活の仕方としては、
自然になるべく入る、
瞑想する、
食べ物に気をつける、
仏前勤行/クリスチャンの祈り
(とにかく祈り)
が良いそうです。
まさか取り上げてくれるとは期待してなかったのでびっくりでした。
名前とかは言われていないものの、質問した本人は自分のことについてのお返事だとわかるものですね。
それとともに彼が誘導瞑想する動画なんかもあげてくれました。
怖いもの(/未来)を視ることについては、悪い面に意識を向けないで(餌やらないでと表現していた)、未来を良い方へ、ポジティブなことや良いことに目を向けて、それに向かって良い結果になるように意識を持っていこう。祈りがとても大事だよ!とのアドバイスでした。
ジョセフさんはアメリカ人で、クリスチャン(カトリック)として生まれ育っていますが、インド哲学や仏教、エジプトなんかにも興味がおありなようで、たまにそういった話をされていますね。仏教の教えの引用もされることがあり興味深いです。
だから仏前勤行も良いよ。是非やって!と言ってくれたのかもしれません。嬉しい!
日本が、世界が、、良い方向へとなっていけるように祈ります。
祈りましょう☺️

稲荷山と、、
日本旅行中のある明け方のこと、夢うつつにてこんなものを見ました。
——
稲荷山
白いきつね 筆を持つ
赤い鳥居
ろうそく 灯り
小さな神殿?
扉は少しだけ開いており、微かに光が漏れる
中の様子は見えない
——
映像のように、視界が徐々に奥へ、そして上へと進んでいきました。そして最後には何も見えなくなりましたが、もしかすると、あそこにいらしたのはお稲荷さまだったのかもしれません。
筆を持った白いキツネの意味はよくわかりませんが、何か象徴的なものだったのかもしれません。とても美しく、良いものを見たという気持ちになりました。
お不動さまを敬っていますが、最近はお稲荷さまにも惹かれるようになりました。
お稲荷さまは女性の神なのかな?わかりません。
お不動さまは悪しきものを断ち切る存在というイメージですが、お稲荷さまはまた異なる雰囲気を感じます。今までは白いキツネはいたずら好きの印象がありましたが、この時は女神のような神々しさを感じました。
もっとお稲荷さまを感じたり、視たりするにはどうすればいいのだろうか。昨夜、ふとそんな疑問が浮かびました。
明け方
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「食べ過ぎ」
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と誰かに言われました。笑
もしかすると、断食や少食、そして瞑想や歩き禅が必要なのかもしれません。
——
比叡山に訪れて以来、千日回峰行に夢中になっています。YouTubeで古い記録を見たり、昔の行者の講演音声を聞くことが、今では私の幸せな時間です。そのせいか、回峰行者の足を湯で清める夢まで見てしまいました。
散歩中も、ひたすら不動真言を唱えています。ちょっと変わった趣味かもしれませんね。笑

秋も深まり、心も澄んでいく季節です。

神仏のお酒の飲み方、、?

成田山新勝寺でお酒を奉納した時のことです。
少しずつ理解してきたこともあれば、まだよくわからないこともあります。
神仏は、心の中で言ったり思ったりするだけで全て理解してくれるようですが、亡くなった人には口に出して言葉にしないとたまによく伝わらないこともあるようです。(わたしの伝え方の問題かもしれません)
また、神仏は蓋を開けなくてもお酒を受け取れるようですが、ご先祖様には袋や蓋を開けないと手に取れないような印象を受けます。
これまでに見たり感じたりしたものから、わたしの理解では今のところこういった感覚です。
そんなことを思いながら、お寺でお酒を奉納した時、お不動さまはこんなにもたくさんのお酒を、しかも未開封のままどうやって飲むのだろう?とふと考えました。
すると、
——
気を吸う
——
と、言葉がやってきました。
気を、、、吸う?!
お不動さまが教えてくれたのか、それとも守護霊(紫の袈裟の僧正)さんが教えてくれたのかはわかりませんが、飲むのではなく吸うという答えにとても驚きました。
(左耳に聞こえたので守護霊さんかも)
真偽はわかりません〜。

ニャンコ〜
アメブロからのブログ移行作業中→終了
Update (2024年10月7日) :
アメブロからの移行作業が完了しました。こちらのブログは2024年10月1日から開始していますが、これでそれ以前のアメブロでの投稿もご覧いただけると思います。過去の記事やリンク先については、量が多いため今後変更するかどうかはまだ未定です。
このブログでは、仏教や密教、信仰に関すること、不思議な出来事を中心に、時々漢方やカナダでの生活についても雑多に書いていく予定です。趣味として運営しているブログですので、気軽にお付き合いください。
簡単に自己紹介をすると、日本でははじめ旅行会社に勤めていましたが、度重なるセクハラが原因で退職。その後は転職して秘書として働きました。海外に移ってからは主にホテルで働いていました。最近、公立工科カレッジで2年ペイストリーを学び、就職しました。しかし、膝を痛めたことで医師から仕事をやめるよう勧められ、やむなく退職。現在は就職活動中の主婦として過ごしています。
カナダに住んでいるため、ブログや日常の出来事における日付が日本とは1日ずれていることがあるかと思います。
よろしくお願いします。
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ただいまアメブロからのブログ移行作業中。
何度目かの挑戦ですが、今回はいけそうかもしれません。
FC2ブログさまさまです。
しばらくブログの移行作業と平行して、はてなブログの使い方を思い出すために試行錯誤するかと思います。
変なアップ等ありましたらそれによるためです。ご了承くださいませ。
漢方院へ定期メンテナンス
定期メンテナンスとして漢方院に行ってきました。前回は膝の痛み(PFPS)と胸の苦しさで受診して以来、約半年ぶりの訪問です。漢方薬を飲みながら、仕事を辞めて養生し、さらに日本へのお参りもしたおかげか、膝の状態はかなり改善し、胸の苦しさも解消されていました。
ロッキー山脈に吹き上げるシヌック風による偏頭痛は引き続き定期的に起こっていますが、特に深刻な問題ではないようです。また、約一年ほど前から大好きなコーヒーをやめて、デカフェコーヒーを飲んでいることを伝えたところ、褒めていただきました。カフェインは心拍数を上げるため、偏頭痛を持つ方には避けるべきものだそうです。
今回の診察では、体力を向上させるための液体漢方薬を処方していただくことになりました。ついでに「自分は水毒でしょうか?」と尋ねてみたところ、韓国や中国ではそのような概念はあまり一般的ではないとのことでしたが、話の流れで「多分そうかもしれない」とおっしゃいました。実際、先生曰く、初期に通い始めた頃、お腹に塊のようなものが詰まっている感じがあり、それを流すための漢方薬が処方されていたそうです。この漢方薬は日本ではかなり一般的なものだそうです。漢字が読めなかったため写真を撮らせていただきました。

これ↑
漢方薬は2週間後に受け取る予定です。最初の頃は、まるでドブ水のような味がして飲むのに苦労しましたが、効果が絶大だったため、今では季節限定の商品を待つかのように、定期的に処方されるのを楽しみにしています。実際、長年ずっと数値が高く、遺伝的な要因もあって「覚悟せよ」と言われていたチョコレート嚢腫に対する懸念がありましたが、今では生理痛さえほとんど感じなくなりました。
仏教徒である私ですが、今ではすっかり漢方の信者にもなってしまったようです。笑