PRAYER

仏教徒。密教と自然好きなカナダ移民のブログです。

護摩中に言われたこと

f:id:livingcanada:20241106061721j:image

日本旅行最終日、新勝寺での護摩中のこと。

 


護摩の最中、お経は早送りのように高速で唱えられていました。わたしには般若心経くらいしかついていけません。

 


お経をあまり詳しくないので、何となく理趣経かな?と思いながら手を合わせていました。しばらくすると、不動経らしきものを唱えはじめたのですが、やはり高速なのでうろ覚えのわたしにはついていくことができません。ただ手を合わせていました。

 


すると、

“覚えておらぬのか”

とテレパシーのような声が左耳にやってきました。

 


声が聞こえた時は、次のお経になっていたのでどちらについて言われたかはわかりません。でも、なんとなく失望されたような気がして、少し気まずい気持ちになりました。

 


護摩が終わった後、気になってお坊さまに「不動経の次に唱えられていたお経はなんですか?」と質問すると、お坊さまは不思議そうな顔をされながらも「三十六童子です」と教えてくれました。

 


聞いたことないですわ〜、、、😂

 


しかし、手持ちの勤行本を確認してみると、不動経の次にしっかりと南無三十六童子と書かれていました。今まで完全に見過ごしていたようです。

 


どちらのお経について言われたのかはわかりませんが、三十六童子もとても良いように思ったので、これをきっかけに家で唱えるお経の仲間入りをしました。

 


ということで、お不動さま好きな方は不動経の他に三十六童子もお唱えすると良いかもしれません。わたしも両方のお経を覚えられるように、日々コツコツと唱えていこうと思います。

 

修験者からの度重なる連絡に困惑

以前の記事:https://prayer.hatenadiary.com/entry/2024/10/07/052303

数ヶ月前からある修験者の方よりご連絡をいただいていますが、私としてはその方と一緒に修行をしたいと考えたこともなく、特に弟子入りなども希望したことはありませんでした。もともと、教えてあげるからと一方的に連絡をもらい、最初はよくわからずにありがたいと思い個人の連絡先を伝えてしまったのですが、どうやらその方は自分がすごいと思われたいようで、私のアメブロを読んでからの色々なアドバイス?一方的なお叱りをされる度に少し引いてしまうことが多くなっていました。

特に驚いたのは、あなたは修行しないと死んでしまうとか、あなたの運命は行者として生きるものだ、などと書かれていて、さらには「私の言葉はお不動様や薬師如来様からの言葉だ」と言われたことです。どう対応したらよいのか困惑してしまいました。

最後には、「あまり脅かさないでください。怖くなってしまいます」とLINEでお伝えしたのですが、さらに「非常に大切なことです。必ず最後まで読んでください」としつこくメッセージが続き、極めつけには「餓鬼はお前自身かお前の先祖だ。餓鬼に取り憑かれるのはお前自身に問題がある。先祖供養が足りないのも原因だ」「早く修行をはじめないと大変危険です」などと、怖がらせるような言葉が多くなり、不安が大きくなってしまいました。うまくコミュニケーションが取れない相手のようで、これ以上心を乱されたくなかったので、LINEもメールも仕方なくブロックしました。

ところが、それでもアメブロのメッセージ機能を使って再び連絡が来てしまい、本当にどうしたものかと頭を抱えています。こういう方ですと物理的にはブロックできても何か飛ばされてきそうで怖いです、、、。

再度成田山新勝寺の護摩へ

f:id:livingcanada:20241028051354j:image

 

日本旅行最終日、夫が早く出て新勝寺に行こうと言ってくれたので、思いがけず再度成田山新勝寺へお参りに行くことができました。

 


ホテルを7時にはチェックアウトして、横浜ycatから高速バスで成田へ。空港のロッカーにスーツケースを預けてお寺に向かいます。

 



護摩堂へ。

 


前回とは違う方が護摩をされていました。

 


リンリーンと鈴が鳴ると、何度か目の鈴で、

 


 


足 黒い

裾 衣

右から左へやってきて

中央で止まる

 


 


こんなものがみえました。

 


真っ黒い足をみて、お不動さまだ〜と思いました。

 


足もとがかなりはっきりと視えたのですが、足指が日本人のじゃないんです。何と言えばいいかわかりませんが日本人の足の形の特徴3種類のどれとも違う。横幅も太いし、足の指の感じもちがう。ぷっくりしてるというか、、、。それから青黒ではなく漆黒にちかいほどの暗い色の皮膚でした。

 


やっぱり鈴はお不動さまを呼ぶ合図のようです。

 


 


 ところで、新勝寺のお経は唱えるスピードが早すぎて、般若心経くらいしかついていけませんでした。

 


高速のお経を手を合わせてただひたすらに耳を澄まします。

 

 

 

 


最後、これで終わりだなというところがあるのですが、そのあたりでまたみえるものがありました。

 


——

 


真ん中から左の奥へと光る道が続く

後ろ姿

足元

裾 衣

黒い

 


 


美術館とかでみるような宗教画のような美しい光の道が真ん中から左上の方まで続いていき、その道を黒い足元がゆっくりと戻っていかれるのです。

 


わたしには衣の裾あたりと足元しか視えなかったのですが、ストーリーがあるようで感動しました。

 


お不動さまは鈴の音でやってこられて、光の道を帰っていきました。

 


 


護摩ってされる方によって全然違いますね。

 


霊能力のある方は前回の方でしょうけれど、こちらの方の護摩でもバッチリお不動さまはこられていて、修法をきちんとすればやってこられるように?またシステムが発動するようになっているのかな?なんて感想を持ちました。

 


それから悪いものがお不動さまの炎に全部焼いてもらえると、残るのはただただ幸せな感情であることに気づきました。いやあ〜護摩って面白い!

 


足元だけでもお不動さまを視ることができて嬉しかったし、日本旅行最後の締めに新勝寺にまたお参りできて良かったです。

 


いつかわたしも護摩を焚いてみたい〜🔥

 


良いお参りになりました〜。

 

 

意外なパワースポット

日本旅行の番外編です。

 


これもある意味パワースポット的なのかも?と思った場所がありました。

 


それは週末のケーキ屋さん!

 


大阪駅付近で、都会だからか人の多さなのか、だるさで動けなくなってしまいました。夫に「君の好きなケーキ屋さんがあるみたいだからいこう」と励まされてなんとか移動。(夫は甘党。自分が行きたかったのかも。笑)

 


こちらはそれどころではなかったものの、なんとか着くと、そこには列が、、並んでまではなあ、、と思ったのですが、座って待つことができたのでそのまま待つことになりました。

 


お店に入って、ケーキとノンカフェインのコーヒーを注文。クレープの間に色々なフルーツが入っているケーキを食べて幸せ〜と思いながら食べていました。

 


すると、右の前の方から小さいピンク色の玉のようなものがぴょんぴょん飛び出している感じがしたので、ちらっと見てみると女性がケーキを食べながら嬉しそうな顔をしていました。

 


左の前方からもぴょんぴょんと白い玉のようなものが、、

 


見ると、おじさま(後ろ姿)から美味しい〜幸せ〜と隠しきれないものが飛び出していました。声も聞こえないし表情も見えないけれど、オーラ?は隠せませんね。ふふ

 


気づくと色々な場所からピンクや白の何かがぴょんぴょんと飛びまくっていることに気づきました。(みえたというか感じたというか、、)

 


美味しいケーキに、楽しい会話、人々の笑顔、、

 


こういう幸せな空間に自分が身をおくと、自然とこちらも幸せで満ち足りた気持ちになれるようです。

 


遠くのパワースポットもいいけれど、身近なところで甘いものが好きなら活気のあるケーキ屋さんでお茶するのもいいのかも!と思いました。

 


お店を出る頃にはだいぶ元気に戻れたので、帰りの御所方面まで向かう足取りは軽やかになりました。

 

f:id:livingcanada:20241019082200j:image

 


また食べたい〜

比叡山の天狗さん

最近、千日回峰行に関連する動画を何度も観ています。観るたびに新たな気づきがあり、「最後はこうした方がいいんだな」と理解が深まったり、ただただその偉大さに感動することもあります。不思議なことに、とても強く惹かれてしまうのです。

昨夜もまた、同じ方の動画を観てから寝たのですが、夢うつつ(変性意識)の中で奇妙な体験をしました。

その方が山の中を手前に向かって歩いているシーンがあり、なぜか大きな天狗が5、6回も現れたのです。比叡山に天狗のイメージがなかったので「え?本当に天狗?」と驚きましたが、見た目からしてどう見ても天狗でした。

不思議だったのは、その天狗が繰り返し出てくること。何度か夢の中で半覚醒状態になった後も、再び同じ天狗が出てきました。言葉は発しなかったので、その意味は全くわかりませんが、天狗は優しい慈愛に満ちた眼差しをしていました。そして、背丈ほどもある白っぽい大きな羽を持ち、まるで天使のような神々しい存在感を放っていました。周囲がキラキラと輝いていたような印象も残っています。

今まで見た天狗とは全く違う姿でした。普段の天狗は、羽があるかどうかもわからないほど小さなものに感じていましたが、今回は大きく美しい羽を持っていたのです。ミカエルや天使のようにも見えたけれど、キリスト教ではないので不思議な感覚でした。

この方が回峰行中に山中で見守っていた天狗なのか、それとも亡くなった後に天狗になったのかはわかりませんが、天使のような天狗を見るのは初めてで、非常に嬉しく思いました。この阿闍梨さんが亡くなってからまだ20年とか30年はしていないと思うので、まだ転生の時期ではないかもしれませんが、偉大な行いをされた方なので、飛び級のようなことがあったのかもしれません。

とにかく、この体験から「天狗は実在する!」と感じました。比叡山には、慈愛に満ちた美しい天狗がいるのかもしれません。そして、もしかすると亡くなった阿闍梨さんが天狗として現れているのかも?と考えています。

次回日本に行くときは、比叡山の山中を少しでも歩いてみたいと思います。

f:id:livingcanada:20241016044331j:image

関西のお寺で

関西のあるお寺にて

そこは複数のお堂があるうちの一つで、外からお参りをすると中に入れるようになっていました。お堂の中はまるで展覧室のようで、順路に沿って仏様が一周ぐるりと並べられています。一般の人が自由に見て回れるようになっており、仏像の魂は抜かれているのかもれないけれど、わかる真言を唱えたり、気になる仏様に手を合わせたりして楽しんでいました。

美しい仏像の造りに感心しながら、「一体欲しいなぁ」なんて冗談めかして思うこともありました。

そうして進んでいくと、お不動様がいらっしゃったので、お賽銭を入れてご挨拶し、真言を唱えました。さらに進むと、もう一体のお不動様がいらっしゃいました。再びお賽銭を入れてご挨拶をしようとしたその瞬間、ふと目に入ったのが、お不動様の右側にいるお使えの像でした。

その像が、まるで3D映像のようにビヨーンとこちらに飛び出してきたのです。

「ん?」と驚きましたが、自分のすぐ右後方にはお土産物や縁起物を売っている方がいらっしゃったので、変に思われたくありません。だから、驚いて尻餅をつくなんてこともなく、心を落ち着けて「こういうことには慣れてるんだよ」と、右側のお使えを見つめて微笑んでみせました。

気を取り直して、お賽銭を入れ、再びご挨拶し、お不動様の真言を唱えました。不思議な体験でしたが、特に怖さもなく、悪い感じも受けませんでした。むしろ「お使えの像が暇だったので、ちょっと遊んでみたのかも?」と思えるほどでした。訪れたのが暑い平日だったので、参拝客もほとんどいなかったのです。

「もしかして何か入ってしまったのか、それとも魂はそれぞれに宿っているのか?(お賽銭箱あったし)」と考えましたが、よくわかりません。以前、私の住むカナダの町にある中華寺で、明らかに「何か違うものが入っている」という仏像を見たことがありますが、それとは違う感覚でした。不思議な体験ではあったものの、少しエンタメ感があって楽しんでしまいました(笑)。

もしかすると、あのお使えの方はイタズラ好きなのかもしれません。でも、怒られるかもしれないので、お寺の名前は伏せておきますね。とはいえ、怖くはなかったので、悪いものではなさそうです。「まぁ、いっか」という感じで、今も心に残っています。

お不動様の脇にいるお使えの方は、平日は少し暇そうでした。もっと多くの参拝者が訪れたら、きっと喜ばれるでしょう。

ジョセフ・ティティルさんからのアドバイス

少し前にアメリカ人のサイキック、ジョセフ・ティティルさんに質問をしたら、数日後になんとYouTubeの動画内で答えてくれたことがありました。

 


質問したことは、数年前からあなたほどではないが、ほんの少し自分もみえたり聞こえたりするようになったようだ。嬉しくもあるが、悪いものが当たってしまうと戸惑いもあるし怖くもある。こういう人達に対して、なんでも良いので機会があったらアドバイスいただけませんか。という感じでした。

 


彼曰く、生活の仕方としては、

 


自然になるべく入る、

瞑想する、

食べ物に気をつける、

仏前勤行/クリスチャンの祈り

(とにかく祈り)

 


が良いそうです。

 


まさか取り上げてくれるとは期待してなかったのでびっくりでした。

 


名前とかは言われていないものの、質問した本人は自分のことについてのお返事だとわかるものですね。

 


それとともに彼が誘導瞑想する動画なんかもあげてくれました。

 


怖いもの(/未来)を視ることについては、悪い面に意識を向けないで(餌やらないでと表現していた)、未来を良い方へ、ポジティブなことや良いことに目を向けて、それに向かって良い結果になるように意識を持っていこう。祈りがとても大事だよ!とのアドバイスでした。

 


ジョセフさんはアメリカ人で、クリスチャン(カトリック)として生まれ育っていますが、インド哲学や仏教、エジプトなんかにも興味がおありなようで、たまにそういった話をされていますね。仏教の教えの引用もされることがあり興味深いです。

 


だから仏前勤行も良いよ。是非やって!と言ってくれたのかもしれません。嬉しい!

 


日本が、世界が、、良い方向へとなっていけるように祈ります。

 


祈りましょう☺️

 

 

f:id:livingcanada:20241015003821j:image

稲荷山と、、

日本旅行中のある明け方のこと、夢うつつにてこんなものを見ました。

——

稲荷山

白いきつね 筆を持つ

赤い鳥居
ろうそく 灯り

小さな神殿?

扉は少しだけ開いており、微かに光が漏れる

中の様子は見えない

——

 

映像のように、視界が徐々に奥へ、そして上へと進んでいきました。そして最後には何も見えなくなりましたが、もしかすると、あそこにいらしたのはお稲荷さまだったのかもしれません。

筆を持った白いキツネの意味はよくわかりませんが、何か象徴的なものだったのかもしれません。とても美しく、良いものを見たという気持ちになりました。

お不動さまを敬っていますが、最近はお稲荷さまにも惹かれるようになりました。

お稲荷さまは女性の神なのかな?わかりません。

お不動さまは悪しきものを断ち切る存在というイメージですが、お稲荷さまはまた異なる雰囲気を感じます。今までは白いキツネはいたずら好きの印象がありましたが、この時は女神のような神々しさを感じました。

もっとお稲荷さまを感じたり、視たりするにはどうすればいいのだろうか。昨夜、ふとそんな疑問が浮かびました。

 

明け方

----

「食べ過ぎ」

----

と誰かに言われました。笑


もしかすると、断食や少食、そして瞑想や歩き禅が必要なのかもしれません。

 

——

比叡山に訪れて以来、千日回峰行に夢中になっています。YouTubeで古い記録を見たり、昔の行者の講演音声を聞くことが、今では私の幸せな時間です。そのせいか、回峰行者の足を湯で清める夢まで見てしまいました。

散歩中も、ひたすら不動真言を唱えています。ちょっと変わった趣味かもしれませんね。笑

f:id:livingcanada:20241014044725j:image

秋も深まり、心も澄んでいく季節です。

f:id:livingcanada:20241014044804j:image

神仏のお酒の飲み方、、?

f:id:livingcanada:20241009124028j:image
成田山新勝寺でお酒を奉納した時のことです。

少しずつ理解してきたこともあれば、まだよくわからないこともあります。

神仏は、心の中で言ったり思ったりするだけで全て理解してくれるようですが、亡くなった人には口に出して言葉にしないとたまによく伝わらないこともあるようです。(わたしの伝え方の問題かもしれません)

また、神仏は蓋を開けなくてもお酒を受け取れるようですが、ご先祖様には袋や蓋を開けないと手に取れないような印象を受けます。

これまでに見たり感じたりしたものから、わたしの理解では今のところこういった感覚です。

そんなことを思いながら、お寺でお酒を奉納した時、お不動さまはこんなにもたくさんのお酒を、しかも未開封のままどうやって飲むのだろう?とふと考えました。

 

すると、

——

気を吸う

——

と、言葉がやってきました。

 

気を、、、吸う?!

 

お不動さまが教えてくれたのか、それとも守護霊(紫の袈裟の僧正)さんが教えてくれたのかはわかりませんが、飲むのではなく吸うという答えにとても驚きました。

(左耳に聞こえたので守護霊さんかも)

真偽はわかりません〜。

f:id:livingcanada:20241009124210j:image
ニャンコ〜

アメブロからのブログ移行作業中→終了

Update (2024年10月7日) :

アメブロからの移行作業が完了しました。こちらのブログは2024年10月1日から開始していますが、これでそれ以前のアメブロでの投稿もご覧いただけると思います。過去の記事やリンク先については、量が多いため今後変更するかどうかはまだ未定です。

このブログでは、仏教や密教、信仰に関すること、不思議な出来事を中心に、時々漢方やカナダでの生活についても雑多に書いていく予定です。趣味として運営しているブログですので、気軽にお付き合いください。

簡単に自己紹介をすると、日本でははじめ旅行会社に勤めていましたが、度重なるセクハラが原因で退職。その後は転職して秘書として働きました。海外に移ってからは主にホテルで働いていました。最近、公立工科カレッジで2年ペイストリーを学び、就職しました。しかし、膝を痛めたことで医師から仕事をやめるよう勧められ、やむなく退職。現在は就職活動中の主婦として過ごしています。

カナダに住んでいるため、ブログや日常の出来事における日付が日本とは1日ずれていることがあるかと思います。

よろしくお願いします。

 

----

 

ただいまアメブロからのブログ移行作業中。

何度目かの挑戦ですが、今回はいけそうかもしれません。

FC2ブログさまさまです。

しばらくブログの移行作業と平行して、はてなブログの使い方を思い出すために試行錯誤するかと思います。

変なアップ等ありましたらそれによるためです。ご了承くださいませ。

漢方院へ定期メンテナンス

定期メンテナンスとして漢方院に行ってきました。前回は膝の痛み(PFPS)と胸の苦しさで受診して以来、約半年ぶりの訪問です。漢方薬を飲みながら、仕事を辞めて養生し、さらに日本へのお参りもしたおかげか、膝の状態はかなり改善し、胸の苦しさも解消されていました。

ロッキー山脈に吹き上げるシヌック風による偏頭痛は引き続き定期的に起こっていますが、特に深刻な問題ではないようです。また、約一年ほど前から大好きなコーヒーをやめて、デカフェコーヒーを飲んでいることを伝えたところ、褒めていただきました。カフェインは心拍数を上げるため、偏頭痛を持つ方には避けるべきものだそうです。

今回の診察では、体力を向上させるための液体漢方薬を処方していただくことになりました。ついでに「自分は水毒でしょうか?」と尋ねてみたところ、韓国や中国ではそのような概念はあまり一般的ではないとのことでしたが、話の流れで「多分そうかもしれない」とおっしゃいました。実際、先生曰く、初期に通い始めた頃、お腹に塊のようなものが詰まっている感じがあり、それを流すための漢方薬が処方されていたそうです。この漢方薬は日本ではかなり一般的なものだそうです。漢字が読めなかったため写真を撮らせていただきました。

f:id:livingcanada:20241007125254j:image

これ↑

 

漢方薬は2週間後に受け取る予定です。最初の頃は、まるでドブ水のような味がして飲むのに苦労しましたが、効果が絶大だったため、今では季節限定の商品を待つかのように、定期的に処方されるのを楽しみにしています。実際、長年ずっと数値が高く、遺伝的な要因もあって「覚悟せよ」と言われていたチョコレート嚢腫に対する懸念がありましたが、今では生理痛さえほとんど感じなくなりました。

仏教徒である私ですが、今ではすっかり漢方の信者にもなってしまったようです。笑

護摩と龍

密教に興味があるため、よくお坊さんや行者さんのブログを読んでいます。


最近、護摩の練習中、または勉強中だという方の写真が載っていました。


その方が仏様に護摩を奉納している様子でしたが、護摩の世界についてもっと知りたくなり、目を閉じてみたところ、彼の周りに小さな龍がふわっと浮かんでいるのが見えました。


まるで空中を泳いでいるような感じで、その様子をイラストに描きたくなるほど、ぽわーんとした龍とその横で一息ついている彼の姿が何とも可愛らしく見えました。


(失礼な表現かもしれませんがご容赦ください〜)


きっと優しい方なのでしょう。


あ、みえたのは護摩中ではなく、お茶か何かを飲んでいるらしき彼🍵でした。


龍は自然霊でしょうか。わたし自身は天狗系の存在を感じるためか、龍を見ることはあまりありませんが、彼のおかげで龍を見ることができたようで嬉しいです。


ところで、龍には嫉妬のような感情はないのでしょうか。他の仏様の護摩をしているにも関わらず、何も感じないのかしらん。神仏の世界ではそういう感情はないのかもしれませんね。


ちなみにわたしが気になる龍といえば、諏訪大社の龍です。


もしこの方が諏訪大社を訪れたら、大きな風が吹き、水と気泡の柱が立つような出来事が起こるのではないか、と想像を膨らませながら楽しい時間を過ごしました。


今後が楽しみな行者さまです。




新たな一歩、静かな再出発

最近、アメブロを通して、とある行者さんから私の信仰のやり方について厳しい意見をいただくようになりました。その方は修験の修行をされてきた方で、長い間その道を歩んできた経験から、私の信仰について強く懸念しているとおっしゃっています。私自身、仏道に興味がないわけではありませんし、ありがたいご忠告だと思う部分もありますが、次第にそのやりとりが心に重くのしかかるようになってきました。

その方の主張は、私が今の信仰を続けていくのは非常に危険であり、修行をしなければ命に関わるというものでした。さらに、「あなたは行者になる運命だから、日本に完全に帰国して修行をすべきだ」と繰り返し説かれました。しかし、私は現在カナダで生活の基盤を築いており、夫と共に暮らしているこの土地を離れることは現実的ではありません。そのため、その方のお話には耳を傾けつつも、どうしても賛同できない部分が多くありました。

また、その方からは「霊感がある女性は、修行をしないと魔に取り憑かれ、最終的には命に危険が及ぶ」と言われました。実際、私自身は霊感が特に強いわけでもなく、日常的な信仰を大切にしているだけです。こうした忠告に対して感謝する気持ちもありながら、その方の強い口調と断定的な物言いが、次第に私を不安にさせるようになりました。

最近では、ブログの更新についても「休止したほうが良い」という指摘を受け、さらには信仰の方法そのものを全否定するような言葉もいただくようになりました。一度だけ電話でお話ししましたが、その際にも「あなたが見ているものは仏様ではなく、悪いものかもしれない」というようなことを何度も繰り返し言われ、不安を煽られてしまいました。彼の意図はおそらく親切心からなのでしょうが、その話し方や内容が、私にはどうしても合わないと感じるようになりました。

結局のところ、私は彼の下で修行をすることでしか安全を確保できないというような話に共感できず、今の生活や信仰のペースを大切にしたいと思っています。自分自身の直感を信じ、日々の信仰を穏やかに続けていくことが私には必要だと感じているのです。これまでにも様々な形で自分を支えてきた信仰に、これからも安心して寄り添いながら、心を落ち着けて過ごしていきたいと思います。

そのため、ここで改めて静かに再スタートを切ることにしました。このブログは私自身が感じることや、日々の気づきを自由に綴る場所でありたいと考えています。今後も、無理のない範囲で自分らしく信仰や日常のことを書き続けていければと思います。どうか、これからも温かく見守っていただければ嬉しいです。

 

比叡山の祈りの墨

比叡山の根本中堂で集められたすすを使って作られた墨があるらしい。根本中堂といえば、1000年以上続く不滅の燈火があり、僧侶や行者が絶え間なく祈りを捧げている場所だ。それだけの歴史と祈りが込められた場所ならば、その墨にも強力な力が宿っているだろう。

その墨を使って写経をすれば、祈りがより届きやすくなるのではないかと思った。私が祈りたいのは、国家の安寧、世界平和、そして人々が愛に満ちた生活を取り戻すことだ。たった一人の力では何も変えられないかもしれないが、すでに多くの人々が同じような祈りを捧げているはずで、ささやかながら私もその一端をほんの少しでも担えたらと思う。

カナダに住んでいる今でも、何かできることがあれば、、と思い、Amazonで探してみたが在庫はなく、インターネット上では高値で取引されていた。その聖なる力が、悪事に利用されていないことを祈るばかりだ。

ちょっと不思議でふふっとなるキツネさんのイタズラ

日本旅行中、夫によくわからないちょっと不思議なことがありました。


京都の伏見稲荷にお参りして以来です。


まず、なぜだか夫の右ズボンのポケットに500円玉が入っていました。この旅でまだ500円玉のお釣りをもらった記憶のない夫はびっくり。


????と2人で驚いていると、


ぽわーんと白いキツネさんが一瞬ニヤッとしたような気がしました。


勘違いかもしれません。想像かな。そんな風に思うほど短い時間でした。


キツネさんってイタズラ好きなのかしら。


「あ、お稲荷さんからおこずかいもらったねー」と言うと、宝くじを当てたい夫は「額が全然ちがうー」と言っていましたが、、、笑


それからも何度もちょっとしたことがありました。


ぴったり支払いをしても、なぜだかちょくちょくお釣りがくるんです。


数えてはいませんが、多分、7,8回はあったと思います。


全然大きな額ではないんです。


33円とか78円とか、、とにかく小銭です。


デパートの地下では、京都でも横浜でも同じようなことがありました。


夫が気持ちよくぴったりと支払いをしたのに、82円だったかな?パン屋さんでなぜだかお釣りを渡された夫。


デパートの方がお金が合わないと困るだろうと思い、そのように話をしたところ、その場ですぐにボタンを押しレジの売り上げか何かを確認してくれたのですが、「計算上うちは合っているので受けとれない」とのことで、首を捻りながら受け取る夫でした。


レシートにはぴったり夫が払った額が印字されていて、お釣りとして受け取った数十円は不可解です。


全く同じことが横浜のデパ地下でも起こり、コンビニでも何度か起こり、またレストランでは機械で支払いなのに、なぜだかお釣りが数十何円返ってくるなどしました。


何度申し出てもどこでも受け取れないというので、やっぱりお稲荷さんからのおこずかいなんじゃない?と思うことにして、奉納酒代の足しとして使わせていただきました。


(500円玉は豊川稲荷の弁天さまのところで夫が初めての銭洗いを楽しませてもらっていました)


なんだったんでしょうね。


ちょっと不思議でふふっとなる出来事でした。